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海城とは?海に面したお城の特徴と見どころをわかりやすく解説

高松城・今治城・中津城・宇和島城の現地写真を組み合わせた「海城とは?」の記事のアイキャッチ

海の近くに建つお城を見て、

「海辺にある城なら、すべて海城なの?」

と疑問に思ったことはないでしょうか。

海城の特徴は、単に城から海が見えることではありません。

海そのものを守りに利用したり、海水を堀へ引き込んだり、船で人や物資を運べるようにしたりと、海を城の仕組みへ取り込んでいたことが重要です。

結論からいうと、海城うみじろとは、海や海水を防御だけでなく、交通や物流にも利用した城です。

ただし、「海城」という言葉には厳密に統一された定義があるわけではありません。

資料によっては「水城」とほぼ同じ意味で使われることもあれば、海との関係が特に強い城を指すこともあります。

また、築城当時は城のすぐ近くまで海が広がっていたものの、その後の埋め立てによって、現在は海から離れて見える城もあります。

この記事では、海城の特徴や水城との違い、海を利用した仕組み、現地で注目したい施設を、高松城・今治城・中津城・宇和島城の例とともに紹介します。

この記事の要点
  • 海城は、海や海水を防御・交通・物流へ利用した城
  • 海水を引いた堀、舟入、水手門などが見どころ
  • 海城と水城は意味が重なる場合があり、厳密には分けにくい
  • 現在の海岸線だけで築城当時の姿を判断しない
  • 高松城・今治城・中津城・宇和島城では、異なる海の利用方法が見られる

海城とは?

ここがポイント
  • 海や海水を城の縄張へ取り込んでいる
  • 守りだけでなく、船による移動や物流にも利用した
  • 海の近くにあるだけで海城と決まるわけではない

海城とは、海岸や湾、河口などに築かれ、海や海水を城の構造や機能へ取り込んだ城を指す言葉です。

海城には、次のような特徴が見られます。

  • 城の一部が海に面している
  • 海水を城の堀へ引き込んでいる
  • 船が城内や曲輪の近くまで入れる
  • 海側に船の出入口となる門がある
  • 港や海上交通と城下町が結びついている

すべての海城が、これらの特徴をすべて備えているわけではありません。

海に面した近世城郭のほか、島に築かれた城や水軍の拠点などが、文脈によって海城と呼ばれる場合もあります。

そのため、この記事では「海城かどうか」を名称だけで判断するのではなく、海をどのように城へ利用していたのかに注目していきます。

高松城や今治城のように、海水を引き込んだ堀や舟入が確認できる城は、海城の仕組みを理解しやすい代表例です。

海・海水堀・曲輪・石垣・舟入・水手門・港・城下町の関係を示した海城の基本構造図

海城では、海が城の外側に広がっているだけではありません。

海と堀を水路でつなぎ、船が出入りする場所を設けることで、海を城の内側まで取り込んでいたことが大きな特徴です。

海城と水城は何が違う?

海城と水城の考え方
  • 海城と水城は意味が重なることがある
  • 厳密に統一された分類ではない
  • 何の水を、どのように利用したのかを見ることが大切

海城とよく似た言葉に、水城みずじろがあります。

水城は、海・川・湖・湿地などの水を、城の防御や交通に利用した城を広く表す言葉として使われることがあります。

その中でも、海城は海や海水との関係が特に強い城を表す場合があります。

呼び方 基本的な見方 主に注目する水域
海城 海や海水と強く結びついた城 海・湾・潮・海水
水城 水を防御や交通へ利用した城 海・川・湖・湿地など
湖城 湖岸や湖水を利用した城

ただし、この表は厳密な学術分類を示したものではありません。

高松城・今治城・中津城は「日本三大水城」と呼ばれる一方で、海水を堀へ引き込んだ海城としても紹介されています。

つまり、海城と水城は、どちらか一方に必ず分類しなければならないものではありません。

名称を暗記するよりも、

  • 海水を堀へ入れていたのか
  • 川や湖を守りに利用していたのか
  • 船がどこまで出入りできたのか
  • 城と港がどのようにつながっていたのか

を確認するほうが、城の特徴を理解しやすくなります。

海城・水城・湖城・河川を利用した城の特徴と意味の重なりを示した関係図

海城は山城・平山城・平城と何が違う?

海城・水城という呼び方と、山城・平山城・平城という呼び方では、城を分類する視点が異なります

分類する視点 分類例 何に注目するか
地形や高さ 山城・平山城・平城 山・丘陵・平地の利用
水との関係 海城・水城・湖城 海・川・湖・湿地の利用

山城平山城平城は、主に城が築かれた地形や高さに注目した分類です。

一方の海城は、海や海水との関係に注目した呼び方です。

分類する視点が違うため、ひとつの城を、

  • 平城であり海城
  • 平山城であり海城
  • 平城であり水城

と説明することもできます。

たとえば、高松城や今治城は平地に築かれ、海水を堀へ取り込んだ城です。

一方、宇和島城は丘陵上に主要な曲輪を置く平山城でありながら、築城当時は北側と西側が海に面し、南側と東側には海水を取り込んだ堀がありました。

海城だから、必ず平城であるとは限りません。

どの分類名が正しいかを考えるよりも、その城が地形と水をどのように組み合わせたのかを見ることが大切です。

海城にはどんな役割があった?

海城では、海を守りだけでなく、船による交通や物資の運搬にも利用していました。

海を天然の堀として利用する

城の一部を海に面して築けば、敵が陸上から接近できる方向を限定できます。

海岸や干潟、浅瀬なども、敵の移動を妨げる地形として働く場合がありました。

ただし、海側が完全に安全だったわけではありません。

敵が船で近づいたり、海上交通を封鎖したりする可能性もあるため、海側にも石垣・門・櫓などを配置して備える必要がありました。

海水を堀へ引き込む

海城の代表的な特徴が、海水を引き込んだ水堀です。

海と堀を水路でつなぐことで、城の周囲に広い水面をつくり、敵の進路を制限しました。

高松城では、かつて三重にめぐらされた堀に海水が引き込まれていました。

今治城にも、海水を引き込んだ広い堀が設けられています。

堀について詳しくは、こちらの記事で紹介しています。

堀とは?お城を守る仕組みと種類・見どころをわかりやすく解説

なお、海とつながる堀であっても、必ず海水だけで満たされているとは限りません。

川や雨水、地下水などが混ざる場合もあるため、現地では案内板や公式資料も確認しましょう。

船を城へ出入りさせる

海城には、船が城内や曲輪の近くまで入れるように、舟入ふないりや船着場が設けられる場合があります。

舟入があれば、城主や家臣の移動だけでなく、城で必要な物資も船で運び込めます。

また、陸上の大手門とは別に、海や堀に面して水手門みずてもんが設けられる例もあります。

高松城の水手御門は、海側へ直接開いていた門です。

門の海側には階段があり、藩主はここから小舟へ乗り、沖に停泊した御座船へ移ったとされています。

海城では、陸側だけでなく、海側にも城の出入口があったのです。

物資を運ぶ

船は、人の移動だけでなく、米や材木などの物資を大量に運ぶ手段でもありました。

陸路だけに頼らず、海上交通を利用できることは、城と城下町を維持するうえで大きな利点です。

城の近くに港や船着場を置けば、運ばれてきた物資を城内や城下町へ移しやすくなります。

海城を見るときは、城だけを切り離して見るのではなく、港・水路・城下町をひとつのまとまりとして見ると、城の役割がわかりやすくなります。

海上交通を押さえる

海城は、軍事的な守りだけを目的とした施設ではありません。

湾や河口、港の近くへ城を置くことで、船の往来を監視し、地域の交通や物流を管理する拠点にもなりました。

海の利用方法は城ごとに異なりますが、海城は領国経営や城下町の発展にも関わる城だったと考えると、その立地の意味が見えてきます。

海と海水堀が敵の進路を制限する守りの役割と、舟入から船が入り港や城下町へ物資が運ばれる物流の役割を示した海城の図解

海城で見られる特徴的な施設

海城で注目したい場所
  • 海や水路とつながる堀
  • 船が入るための舟入
  • 海側の出入口となる水手門
  • 沿岸や船を監視した櫓
  • 港や船着場と城下町のつながり

海水を引いた堀

海城を訪れたら、まず堀の水がどこから来ているのかを確認してみましょう。

堀が現在も海や水路とつながっている城もあれば、埋め立てによって海とのつながりが失われた城もあります。

現地で魚や海の生き物が見られることもありますが、現在の水質や生物だけで築城当時の状態を判断することはできません。

案内板や縄張図を見て、海と堀をつないだ水路や取水口の位置を確認することが大切です。

舟入

舟入は、船が出入りしたり、停泊したりするために設けられた場所です。

堀の一部を広くしたように見えることもありますが、見た目だけで普通の堀と舟入を区別するのは難しい場合があります。

現在は埋め立てられていることも多いため、現地の復元図や古地図で位置を確認しましょう。

今治城には、大規模な舟入が設けられていました。

広い海水堀とともに、船を城へ近づけられる海城の特徴をよく表しています。

水手門

水手門は、海・川・堀など、水上交通側に設けられた門です。

城によって名称や読み方は異なりますが、船から城内へ入る動線に関わる門として見ることができます。

高松城の水手御門は、海へ直接開いていた姿を現在も確認できる貴重な例です。

門だけでなく、その前に船が着けられる空間があったことも意識して見てみましょう。

高松城の水手御門

海側の櫓と石垣

船や沿岸を監視するため、海に面する場所へ櫓が置かれる例もあります。

高松城の月見櫓は海側に位置し、海上や船の動きを見張る役割も担っていました。

海城では、天守だけに注目するのではなく、海に面した石垣・櫓・門の位置関係を見ることが重要です。

天守について詳しくは、こちらの記事で紹介しています。

天守とは?お城の象徴になった建物の役割と見どころをわかりやすく解説

海城のメリットと難しさ

海を利用できることには多くの利点がありましたが、水辺に城を築けば、海城ならではの難しさも生まれます。

視点 メリット 難しさ
防御 海や水堀によって敵の進路を制限できる 海側からの接近や封鎖にも備える必要がある
交通 船で人を移動させられる 天候や潮の影響を受ける
物流 多くの物資を船で運べる 舟入や水路を維持する必要がある
城下町 港と結びついて発展しやすい 水辺を含めた町の整備が必要になる
城郭整備 広い水面を守りに利用できる 堀・護岸・水門などの管理が必要になる

ただし、すべての海城が同じメリットと難しさを持っていたわけではありません。

海の深さ、潮の流れ、河川との関係、港の位置などによって、海の利用方法は城ごとに異なります。

海城を「海に守られた無敵の城」と考えるのではなく、海を利用しながら、海から受ける影響にも対応した城として見ることが大切です。

現在は海が見えない海城もある

現在の景色だけで判断しない
  • 埋め立てによって海岸線が変わった城がある
  • かつての舟入や外堀が道路や市街地になっていることもある
  • 古地図や縄張図を見ると、海との関係がわかりやすい

海城を訪れても、

「思っていたより海が遠い」

と感じることがあります。

それは、築城当時から海が遠かったとは限りません。

都市化や港湾整備、道路・鉄道の建設などによって海岸が埋め立てられ、城と海との距離が変わった例があるからです。

高松城では、明治時代以降に城の北側や外堀などが埋め立てられ、現在は道路や市街地となっている場所があります。

宇和島城でも、築城当時に海や堀だった場所が埋め立てられ、現在の市街地が広がっています。

そのため、現在の海岸線だけを見て、

「この城は本当に海城だったのか」

と判断することはできません。

現地では、次の資料を確認してみましょう。

  • 城内にある古地図
  • 縄張図や復元図
  • 発掘調査の案内板
  • 城郭模型
  • かつての堀や舟入を示す表示
  • 旧海岸線を示す道路や地名

築城時は城の近くまで海があり堀と舟入が海につながっていた一方、現在は埋め立てにより道路・鉄道・市街地が広がった海城の海岸線の変化を示す図解

ここに注目

海城では、現在見えている海だけでなく、昔の海岸線がどこにあったのかを確認してみてください。

城と海の間に道路や建物が広がっていても、かつては門や石垣の近くまで船が入れた場合があります。

代表的な海城を現地写真で見る

ここからは、高松城・今治城・中津城・宇和島城を例に、海との関係を見ていきます。

同じ海城と呼ばれていても、海水堀、舟入、河口、丘陵と海の組み合わせなど、それぞれ異なる特徴があります。

海との主な関係 現地で注目したい場所
高松城 海水堀・舟入・水手御門 堀と海側の門・櫓
今治城 海水を引いた広い堀・舟入 堀・石垣・海との接続
中津城 河口・海水・潮との関係 堀の水面と石垣
宇和島城 丘陵と歴史的な海岸線 城山・旧海岸線・湾の方向

高松城|海と城内がつながっていた海城

高松城は、瀬戸内海に面して築かれた海城です。

かつては内堀・中堀・外堀の三重の堀に海水が引き込まれ、海と城内がつながっていました。

現在も内堀と中堀の一部が残り、海水を利用した城の姿を見ることができます。

高松城の海水の水堀、クロダイが泳いでいる

海とつながる堀には現在も海水が入り、海水魚のクロダイが泳いでいます。

海側には水手御門が設けられ、その近くには月見櫓が建っています。

水手御門の海側には船を着けるための階段があり、藩主が小舟へ乗り降りする出入口として使われました。

高松城の海側に設けられた水手御門と月見櫓

水手御門は、かつて海側へ直接開いていた城の出入口です。

高松城には大きな天守がありましたが、明治17年(1884年)に解体されました。

現在見られるのは天守そのものではなく、天守が建っていた天守台です。

高松城は、瀬戸内海の海水を城内の堀へ取り込んだ、日本を代表する海城です。

現在も海水堀が残り、月見櫓・水手御門・舟入などから、海を防御と交通に利用した縄張を確認できます。

【日本100名城 No.77】高松城は何がすごい?現地で感じた魅力・歴史・見どころを紹介

今治城|海水を引いた広い堀

今治城は、藤堂高虎によって海岸近くの平地に築かれた城です。

慶長7年(1602年)に築城が始まり、慶長13年(1608年)ごろまでに整えられました。

海水を引き込んだ広い堀と大規模な舟入を備えていたことから、日本を代表する海城のひとつとして紹介されています。

広い水堀越しに見える今治城天守と櫓

広い堀と石垣、櫓を一緒に見ると、海水を守りへ利用した縄張がわかりやすくなります。

今治城の堀は海とつながっており、船が城内へ入ることを想定した構造を持っていました。

海上交通と城下町を結びつけたことも、今治城の大きな特徴です。

ただし、現在見られる天守は築城時から残る建物ではありません。

現在の天守は、昭和55年(1980年)に北隅櫓跡へ建てられた模擬天守です。

今治城の水堀の海水魚の案内板

今治城の水堀にも海水魚がいます

中津城|河口と海水を利用した水城

中津城は、中津川の河口に築かれた城です。

築城当時は北側を海、西側を川に面し、海と川の両方を城の守りへ利用していました。

堀は海とつながり、潮の満ち引きに合わせて水位が変化します。

東側には二重、南側には三重の堀が設けられていました。

中津城は、高松城・今治城とともに日本三大水城のひとつとして紹介されています。

ただし、3城がまったく同じ構造を持つわけではありません。

中津城では、海だけでなく、河口と川を組み合わせた立地を見ることが重要です。

中津城天守からの眺め

現在の天守は、江戸時代から残る建物ではなく、昭和39年(1964年)に建てられた模擬天守です。

中津城の天守と堀

宇和島城|現在の景色からは見えにくい海との関係

宇和島城は、丘陵上に本丸などの主要な曲輪を置いた平山城です。

現在は城の周囲に市街地が広がっているため、天守だけを見ると海城の姿はわかりにくいかもしれません。

しかし、築城当時は北側と西側が海に面し、南側と東側には海水を引き込んだ堀が設けられていました。

宇和島城の城山と城下町と宇和海

宇和島城では、丘陵上の天守と、かつて海が広がっていた城下の位置関係を考えてみましょう。

宇和島城の外堀や海岸の一部は、その後の埋め立てによって市街地となりました。

現地では、城山から海や宇和島湾の方向を確認したり、古地図と現在の町並みを比べたりすると、海城としての立地が見えてきます。

宇和島城には、伊達家による改修で建てられた現存天守が残っています。

高松城・今治城・中津城とは異なり、日本三大水城には含まれませんが、平山城と海城の両方の特徴を考えられる例として興味深い城です。

宇和島城は、城山を利用した平山城である一方、築城時には海岸線が現在よりも近く、海との関係を持つ城でもありました。

現在の景色だけではわかりにくい海城としての立地や、現存天守・石垣・登城道の見どころはこちらで紹介しています。

宇和島城の歴史と見どころを現地写真で紹介

日本三大水城とは?

一般に、次の3城が「日本三大水城」と呼ばれています。

  • 香川県の高松城
  • 愛媛県の今治城
  • 大分県の中津城

いずれも海や海水と深い関係を持つ城ですが、海の利用方法や現在残っている構造は異なります。

高松城では海水堀と水手御門、今治城では広い海水堀と舟入、中津城では河口や潮とつながる堀に注目すると、それぞれの違いが見えてきます。

「日本三大水城」は、文化財の正式な分類や公的な認定制度ではなく、3城をまとめて紹介する一般的な呼び名です。

名称だけを覚えるのではなく、3城が海や海水をどのように利用したのかを比べてみましょう。

なお、宇和島城は日本三大水城には含まれません。

海城を見るときのチェックリスト

海城を訪れたら、天守や櫓だけでなく、次の場所にも注目してみてください。

  • 築城当時の海岸線はどこにあったか
  • 城のどの方向が海に面していたか
  • 堀の水は海とつながっているか
  • 海と堀をつなぐ水路や取水口があるか
  • 潮の満ち引きで堀の水位が変わるか
  • 舟入や船着場があったか
  • 水手門など海側の門が残っているか
  • 船がどの曲輪まで入れたか
  • 海側を監視する櫓があったか
  • 港と城下町がどのようにつながっていたか
  • 埋め立てられた堀や海岸があるか
  • 古地図と現在の景色を比較したか

🏯 現地で見るポイント

海城では、まず堀の水がどこから入っているのかを見てみてください。

そのうえで城の外側へ目を向け、海・川・港がどの方向にあるかを確認しましょう。

船がどこから入り、どの曲輪へ人や物資を運べたのかを考えると、海を防御だけでなく交通にも利用した縄張が見えてきます。

現在は埋め立てによって海が遠くなっている場合もあるため、現地の案内板や古地図と照らし合わせることも大切です。

海城を見るときのチェックリスト、昔の海岸線・海水堀・舟入・水手門・港と城下町

海城と縄張・普請・作事の関係

海城は、自然の海岸線をそのまま利用しただけの城ではありません。

海や地形を読みながら、人工的な堀・石垣・水路・門などを組み合わせてつくられました。

城づくりの段階 海城で行うこと
縄張 海岸線・曲輪・堀・舟入・門・港の配置を決める
普請 海水堀・水路・石垣・護岸・舟入などを整備する
作事 水手門・櫓・御殿・蔵などの建物を建てる

縄張では、海と陸のどちらから敵が来るのかを考え、曲輪や堀、門の位置を決めます。

普請では、海水を引き込む水路や堀、石垣、舟入などの土木工事を行います。

作事では、水手門、櫓、御殿、蔵などの建物をつくります。

海城は、海という自然地形と、人が築いた城郭施設を組み合わせた城です。

海水堀に囲まれた曲輪や、海側から入る虎口を見ると、海を含めて城全体が計画されていたことがわかります。

まとめ|海城は海を守りと交通に取り込んだ城

海城とは、海や海水を城の防御だけでなく、交通や物流にも利用した城です。

単に海の近くにあるだけでは、海城の特徴を十分に説明できません。

海城では、次のような場所に注目してみましょう。

  • 海水を引き込んだ堀
  • 船が出入りした舟入
  • 海側に設けられた水手門
  • 海を監視した櫓や石垣
  • 港と城下町のつながり
  • 築城当時の海岸線

海城と水城には意味が重なる部分があり、厳密に統一された分類ではありません。

また、海城・水城は水との関係を表す呼び方であり、山城・平山城・平城とは分類する視点が異なります。

高松城では海水堀と水手御門、今治城では広い堀と舟入、中津城では河口や潮との関係、宇和島城では丘陵と築城当時の海岸線に注目すると、それぞれの違いが見えてきます。

現在の景色だけでなく古地図や縄張図も確認しながら、海が城の守りや船の動線へどのように組み込まれていたのかを想像してみてください。

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