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天守とは?お城の象徴になった建物の役割と見どころをわかりやすく解説

姫路城・松本城・大阪城の天守写真を組み合わせた「天守とは?」の記事のアイキャッチ

お城と聞いて、最初に天守を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。

旅行先でお城を訪れたときも、まずは大きな天守を目指したくなりますよね。

しかし、天守はお城を構成する建物のひとつであり、天守だけがお城なのではありません。

すべてのお城に天守が築かれたわけでもなく、天守が失われて天守台だけが残っている城もあります。

戦国時代の山城や武将の館では、天守がなくても、曲輪・堀・土塁・虎口などによって堅固な守りがつくられていました。

結論からいうと、天守とは、主に城の中心部に築かれ、城主の権威を示す象徴となった高層建築です。

見張り、防御、武器や物資の保管などにも使われましたが、その役割は城や時代によって異なります。

この記事では、天守の役割、歴史、構造、種類、外壁、現存天守と復興天守の違い、現地で注目したい見どころを初心者向けに整理します。

この記事のポイント
  • 天守は、主に本丸など城の中枢部に築かれた高層建築
  • 城主の権威を示す象徴としての役割があった
  • 見張り、防御、保管などにも使われた
  • すべてのお城に天守があったわけではない
  • 現地では建物だけでなく、天守台や本丸との位置関係にも注目する

天守とは?

天守てんしゅとは、主に本丸など、城の中枢部に築かれた高層の建物です。

城内でも特に大きく目立つ建物であり、城主の権威や城の威容を示す象徴となりました。

ただし、天守だけで城が成り立っていたわけではありません。

お城は、曲輪、門、堀、土塁、石垣、御殿、櫓など、さまざまな施設を組み合わせてつくられています。

天守は、その中のひとつです。

天守・御殿・櫓・門・石垣・堀の位置を示し、天守がお城全体の一部であることを解説する図

たとえば、本丸に天守が建っていても、敵が本丸へ到達するまでには、堀を越え、門を突破し、複数の曲輪を進まなければならない城もあります。

天守だけを見るのではなく、城全体の仕組みを知りたい場合は、お城とは?の記事もあわせてご覧ください。

天守にはどんな役割があった?

天守の主な役割
  • 城主の権威を示す
  • 高い場所から周囲を確認する
  • 防御施設として利用する
  • 武器や物資などを保管する
  • 城主が普段生活する場所とは限らない

天守には、ひとつだけではなく、複数の役割がありました。

ただし、どの役割が重視されたかは、城の築かれた時代、場所、城主、構造によって異なります。

城主の権威を示す象徴

天守は遠くからでも見えやすく、城主の力や城の規模を視覚的に示す建物でした。

大きな屋根、複数の破風、金具、鯱、白漆喰などによって、威厳のある外観がつくられた城もあります。

城下町や街道からどのように見えるかを意識して、天守の位置や方向が計画されたと考えられる城もあります。

ただし、すべての天守が大規模で豪華だったわけではありません。

比較的小規模な天守でも、城の中心を示す建物として重要な意味を持っていました。

高い場所から周囲を見渡す

天守の上階からは、城内や城下町、周辺の道路、川、山などを見渡せます。

見張りや監視に利用できる一方で、天守の目的を単なる展望台として説明することはできません。

現在は多くの天守が展望施設として利用されていますが、それは現代の観光施設としての役割です。

築城時の役割と、現在の使われ方は分けて考える必要があります。

防御施設として利用する

天守の壁には、狭間や石落としなど、防御を意識した設備が設けられる場合があります。

窓や開口部の位置、壁の厚さ、入口までの動線にも、攻撃を受けにくくする工夫が見られます。

ただし、城を守っていたのは天守だけではありません。

敵が天守へ近づくまでには、堀、土塁、石垣、門、曲輪、櫓など、複数の防御施設が配置されていました。

そのため、天守をすべての城に共通する「最後の砦」と一律に説明するのは適切ではありません。

武器や物資を保管する

天守内部は、武器、道具、文書、食料などを保管する空間として使われることもありました。

現在は展示室になっている天守が多いため、もともと展示施設としてつくられたように感じるかもしれません。

しかし、現在の展示ケース、階段、照明、エレベーターなどは、後世の整備によるものです。

築城時の内部がどのように使われていたかは、城ごとに確認する必要があります。

城主が普段暮らす場所ではない

天守の最上階で、城主が毎日城下町を眺めながら暮らしていた。

そのようなイメージを持つ人もいるかもしれません。

しかし、多くの城では、城主の日常生活や政務、家臣との面会、儀式などは、本丸御殿や二の丸御殿で行われました。

天守が儀式や接客、特別な場として利用された例はありますが、すべての城主が天守で日常生活をしていたわけではありません。

天守・御殿・櫓・門・石垣・堀の位置を示し、天守がお城全体の一部であることを解説する図天守・御殿・櫓の役割を、象徴・見張り・防御・保管・生活・政務・接客で比較した図

天守と天守閣は違う?

「天守」と「天守閣」は、現在では同じ建物を指す言葉として使われることが多くなっています。

城郭史、文化財、建築史の解説では、一般的に「天守」という表記が使われます。

一方、観光案内や日常会話では「天守閣」という呼び方も広く使われています。

そのため、天守閣という言葉を完全な間違いではありません。

この記事では、城郭用語として一般的な天守に表記を統一します。

呼び方 主な使われ方 この記事での扱い
天守 城郭史、文化財、建築史の解説 基本表記として使用
天守閣 観光案内や日常会話 同じ建物を指す言葉として補足

天守はいつ生まれた?

天守につながる高層建築が、いつ、どの城で最初に生まれたのかについては諸説があります。

戦国時代後半になると、城の中心部に大規模な櫓や高層建築が築かれるようになりました。

その後、織田信長が築いた安土城が、天守建築の発展に大きな影響を与えます。

安土城は1576年に築城が始まり、1579年には高層建築である天主が完成したとされます。

ただし、それ以前にも天守につながる建物が存在したと考えられているため、安土城を無条件に日本最初の天守と断定することはできません。

安土城は、石垣、高層建築、城下町などを組み合わせた近世城郭の形成において、重要な転換点となった城として理解するのがよいでしょう。

豊臣秀吉の大坂城や伏見城などを経て、天守は城主の権威を示す建物として各地に広がりました。

江戸時代初期には多くの城で天守が築かれましたが、その後、火災、落雷、地震、老朽化などによって失われた天守もあります。

明治時代には廃城令や建物の払い下げによって、多くの城郭建築が解体されました。

さらに、戦争によって焼失した天守もあります。

現在、江戸時代までに築かれた天守が残っている城は12城のみです。

戦国時代後半から安土桃山時代・江戸時代初期を経て、現存・復元・復興天守へ受け継がれた天守の歴史を示す年表

すべてのお城に天守があったわけではない

天守がない城も珍しくない
  • 山城や武将の館には、天守がない場合が多い
  • 天守が築かれなかった城もある
  • 天守を失い、天守台だけが残る城もある
  • 三階櫓などが城の象徴となった例もある
  • 天守がないからといって、城として不完全なのではない

現在のお城のイメージは、白壁や瓦屋根を持つ天守と結びつきやすくなっています。

しかし、すべての城に天守があったわけではありません。

戦国時代の山城では、山の地形を削ってつくった曲輪、堀切、竪堀、土塁、切岸などが守りの中心でした。

山上に、現在の松本城や姫路城のような天守が建っていたとは限りません。

天守を持たない城には、主に次のようなものがあります。

  • 最初から天守が築かれなかった城
  • 天守を築く前に工事が中止された城
  • 天守が火災や災害で失われ、再建されなかった城
  • 天守台だけが築かれた城
  • 天守の代わりに三階櫓などが象徴となった城
  • 山城や館など、天守を必要としなかった城

天守がないからといって、城の価値が低いわけではありません。

ここに注目

城跡へ行って天守が見当たらなくても、何も残っていないとは限りません。

曲輪の高低差、堀、土塁、虎口などを見ると、その城がどのように守られていたのかが見えてきます。

天守はどのような構造になっている?

天守台

天守台てんしゅだいとは、天守を支える石垣や基壇部分です。

天守が失われていても、天守台だけが残っている城は少なくありません。

天守台の大きさや形、礎石、入口の位置などから、かつてどのような建物があったのかを考えられる場合があります。

現地では、次の点に注目してみてください。

  • 天守台の高さ
  • 石垣の傾斜
  • 天守台の平面形
  • 入口の場所
  • 礎石が残っているか
  • 建物が石垣のどの位置に載っていたか

佐賀城の天守台

屋根の「重」と内部の「階」

天守の大きさを表すときには、「三重三階」「五重六階」のような表現が使われます。

このときのは、同じ意味ではありません。

  • :外から見える屋根の重なり
  • :建物内部にある床の数

屋根が三重に見えても、内部には五つの階がある場合があります。

外から見えにくい階や、屋根裏のように収められた階、地下階を持つ天守もあるためです。

たとえば、松本城大天守は、外からは五重に見えますが、内部は六階あります。

天守の外観で数える「重」と、内部の床を数える「階」の違いを三重五階の模式図で解説

屋根の数だけを見て、内部の階数を判断しないことがポイントです。

大天守・小天守・付櫓・渡櫓

城によっては、中心となる大きな天守のほかに、小天守や櫓が設けられています。

主な建物は次のとおりです。

建物 基本的な特徴
大天守 天守群の中心となる大きな天守
小天守 大天守より小規模な天守
付櫓 天守に直接取り付く櫓
渡櫓 天守や櫓などをつなぐ細長い櫓

呼び方や構造は城によって異なります。

天守を見学するときは、大天守だけを見るのではなく、小天守や櫓がどのようにつながっているかにも注目しましょう。

ここで気になるのが、「天守と櫓は何が違うのか」という点です。

一般的には、天守は本丸など城の中枢部に置かれる中心的な高層建築であるのに対し、櫓は曲輪の隅、門、石垣や塀沿いなど城内のさまざまな場所に配置され、物見・攻撃・防御・保管などを担いました。

ただし、大型の三重櫓や「御三階櫓」のように天守に近い規模や役割を持つ建物もあるため、大きさや階数だけで単純に区別できるわけではありません。

天守と櫓の違い、櫓の役割・種類を詳しく見る

天守の外観形式|望楼型と層塔型

望楼型と層塔型の見分け方
  • 望楼型は、下層の大きな建物に望楼を載せたような形
  • 層塔型は、塔のように各重を規則的に重ねた形
  • 現地では、下層と上層のつながり方を見る
  • 写真や築城年代だけで簡単に断定しない

望楼型と層塔型は、天守そのものの外観や構造を説明する分類です。

後ほど紹介する独立式・複合式・連結式・連立式は、周囲の天守や櫓とのつながり方を示します。

分類する視点が異なるため、混同しないようにしましょう。

望楼型天守とは?

望楼型ぼうろうがたとは、大きな入母屋屋根を持つ下層部の上に、見張り台のような建物を載せたように見える形式です。

下層部と上層部で、建物の幅や屋根の形が大きく変化します。

初期の天守に多く見られる形式ですが、築城年代だけで望楼型と判断することはできません。

現地では、次の点を見てみましょう。

  • 下層部に大きな入母屋屋根があるか
  • その上に別の建物を載せたように見えるか
  • 下層と上層で建物の幅が大きく変わるか
  • 上下の境目がはっきりしているか

層塔型天守とは?

層塔型そうとうがたとは、塔のように、下から上へ規則的に各重を積み重ねた形式です。

建物は上階へ向かうほど段階的に小さくなり、屋根も比較的規則正しく重なります。

江戸時代初期以降に多く見られる形式ですが、こちらも築城年代だけで断定できません。

現地では、次の点に注目します。

  • 屋根が規則的に重なっているか
  • 上階へ向かって建物が段階的に小さくなるか
  • 各重の平面形が大きく変化していないか
  • 全体が塔のように整って見えるか
形式 外観の特徴 現地で見るポイント
望楼型 下層の建物に望楼を載せたような形 下層と上層の形の変化
層塔型 塔のように規則的に各重を重ねる 屋根の規則性と上階への縮小

望楼部分を載せたような望楼型天守と、屋根を規則的に重ねる層塔型天守の違いを比較した図

実際の天守では判断しにくい例もあります。

松本城は、外観だけを見ると層塔型のように整って見えますが、公式解説では構造上は望楼型とされています。

現地写真だけで分類を断定せず、各城の公式資料も確認することが大切です。

天守の構成|独立式・複合式・連結式・連立式

独立式・複合式・連結式・連立式は、大天守、小天守、付櫓、渡櫓などが、どのようにつながっているかを示す分類です。

望楼型・層塔型とは分類する視点が異なります。

独立式

独立式は、天守が基本的に単独で建つ形式です。

小天守や渡櫓が接続しておらず、天守本体に入口が設けられる場合があります。

現地では、天守の周囲に直接つながる建物があるかを確認します。

宇和島城の天守

複合式

複合式は、天守に付櫓などが直接接続する形式です。

付櫓が入口となり、天守本体へ直接入れない構造になっている場合もあります。

現地では、天守と接続建物の境目や、入口の位置に注目しましょう。

松江城の天守

連結式

連結式は、大天守と小天守などを渡櫓でつなぐ形式です。

建物と建物の間に、細長い渡櫓が設けられています。

現地では、大天守へ入るまでに、小天守や渡櫓を通るかどうかを見るとわかりやすくなります。

連立式

連立式は、複数の天守や櫓を渡櫓でつなぎ、中庭などを囲むように配置した形式です。

建物の配置と動線が複雑で、天守単体ではなく、天守群全体が防御空間をつくっています。

形式 基本的な特徴 現地で見るポイント
独立式 天守が単独で建つ 周囲に接続建物があるか
複合式 天守に付櫓などが直接接続 接続部分と入口
連結式 大天守と小天守などを渡櫓で接続 渡櫓と移動経路
連立式 複数の建物が中庭などを囲む 天守群全体の配置

天守と周囲の建物のつながり方を、独立式・複合式・連結式・連立式の4形式で比較した図

実際の城には、複数の特徴をあわせ持つものや、資料によって分類名が異なるものがあります。

分類を暗記するよりも、天守へどこから入り、どの建物を通って移動するのかを見ると理解しやすくなります。

天守の外壁|下見板張と白漆喰総塗籠

天守には、黒や濃い色の板壁が目立つものと、白い漆喰壁が目立つものがあります。

ただし、天守を単純に「黒い城」と「白い城」の二種類に分けることはできません。

同じ天守の中で、下見板張と白漆喰を使い分けている例もあります。

下見板張

下見板張したみいたばりとは、外壁に横板を少しずつ重ねながら張る仕上げです。

板を重ねることで、雨水が壁の内部へ入りにくくなります。

黒や濃い色に塗られた板壁が目立つ天守も多く、松本城の黒い外観は代表的です。

現地では、板の色だけでなく、横板がどのように重なっているかにも注目してみましょう。

白漆喰総塗籠

白漆喰総塗籠しろしっくいそうぬりごめとは、壁だけでなく、柱や軒裏なども漆喰で塗り込める仕上げです。

漆喰で木材を覆うことで、防火性を高める効果があります。

白い外観は、城の威容や美しさを強調する役割も果たしました。

外壁 見た目 主な特徴
下見板張 黒や濃い板壁が目立つ 板を重ねて雨から壁を守る
白漆喰総塗籠 白い壁面が目立つ 漆喰で木部を覆い、防火性を高める

黒い天守だから古く、白い天守だから新しいとは限りません。

修理や改修によって外壁の仕上げが変わった例もあり、現在の姿が築城当初と完全に同じとは限らない点にも注意が必要です。

現存天守・復元天守・復興天守・模擬天守の違い

現在見られる天守は成り立ちが異なる
  • 江戸時代までに建てられ、現在まで残る現存天守
  • 史料をもとに、かつての姿を再現した復元天守
  • 天守が存在した城に再建された復興天守
  • 地域の象徴や施設として建てられた模擬天守
  • 呼び方は資料によって異なるため、各城の公式表記を優先する

現在見学できる天守が、すべて築城時から残っているわけではありません。

江戸時代までに建てられた建物もあれば、昭和以降に再建された建物もあります。

一般的には、次のように整理されます。

分類 基本的な意味 現地で見るポイント
現存天守 江戸時代までに築かれ、修理を重ねながら現在まで残る天守 古い柱、梁、床、急な階段
復元天守 図面、写真、発掘成果などをもとに、旧天守を再現した建物 復元根拠、材料、構造
復興天守 かつて天守が存在した城で、外観などを再建した建物 旧天守との違い、再建年代
模擬天守 天守の存在や姿が明確でない場所などに建てた天守風建築 史実との関係、建設目的

ただし、これらの言葉には、全国で完全に統一された分類基準があるわけではありません。

鉄筋コンクリートだから自動的に復興天守、木造だから必ず復元天守というわけでもありません。

位置、形、史料、材料、構造、再建目的などを総合的に確認する必要があります。

また、模擬天守も、博物館、展望施設、地域の象徴として大切に利用されている場合があります。

分類名だけで建物や地域の価値を決めるのではなく、その城でどのような役割を果たしているのかも見てみましょう。

復元天守の実例として注目したいのが、木造で復元された掛川城天守です。

掛川城では、天守の外観だけでなく、木造の柱や梁、階段なども内部から確認できます。

また、江戸時代の二の丸御殿や大手門番所、太鼓櫓も残っているため、復元された天守と現存建造物の違いを同じ城内で見比べられます。

木造復元天守と現存御殿がある掛川城の見どころを見る

現存12天守とは?

現在、江戸時代までに築かれた天守が残っている城は、全国に12城あります。

区分 現存天守
国宝 松本城・犬山城・彦根城・姫路城・松江城
重要文化財 弘前城・丸岡城・備中松山城・丸亀城・松山城・宇和島城・高知城

現存天守だからといって、築城時から一度も修理されていないわけではありません。

解体修理、部材の交換、屋根や漆喰の修理などを重ねながら、現在まで受け継がれています。

現存天守は全国に12城あり、国宝5城と重要文化財7城に分けられます。

12城それぞれの特徴や、現存・復元・復興・模擬天守の違いについては、こちらの記事で詳しく紹介しています。

現存十二天守とは?江戸時代から残る12の天守をわかりやすく解説

このうち、国宝に指定されている姫路城・松本城・彦根城・犬山城・松江城は、一般に「国宝5城」と呼ばれています。

5城はすべて現存天守ですが、国宝に指定されている建造物の数や天守群の構成、外壁、屋根、立地には大きな違いがあります。

国宝5城の指定範囲や天守の違いを詳しく見る

現存天守・復元天守・復興天守・模擬天守の意味と特徴、現地で見るポイントを比較した図

宇和島城には、江戸時代から残る現存12天守の一つがあります。

三重三階の比較的小ぶりな天守ですが、白漆喰の壁や破風、木造の柱・梁・急な階段など、現存天守ならではの見どころを確認できます。

宇和島城の現存天守と見どころを現地写真で紹介

また、国宝5城や現存十二天守とは別に、「日本三名城」という呼び方もあります。

日本三名城は天守が現存しているか、国宝に指定されているかだけで決まるものではなく、城郭の規模、縄張、石垣、建造物、政治的な重要性など、さまざまな視点から名城として語られてきた呼称です。

日本三名城とは?大阪城・名古屋城・熊本城を中心に諸説ある組み合わせを見る

天守の外観で注目したい部分

天守を見るときは、建物全体の大きさだけでなく、屋根や壁に設けられた細かな部分にも注目してみましょう。

同じ天守でも、見る方向によって破風の配置や外壁の見え方が大きく変わります。

破風

破風はふは、屋根の端に見える三角形や曲線状の部分です。

天守では、主に次のような破風が見られます。

  • 三角形が目立つ千鳥破風
  • なだらかな曲線を描く唐破風
  • 大きな入母屋屋根の端にできる入母屋破風

破風は外観に変化をつける装飾として目立ちますが、屋根や内部空間の構造とも関係しています。

現地では、正面だけでなく、側面や背面からも天守を見てみましょう。

狭間

狭間さまとは、壁に設けられた、弓や鉄砲などを使用するための開口部です。

丸、三角、四角、縦長など、さまざまな形があります。

ただし、外側から見える形だけで、弓狭間か鉄砲狭間かを断定できない場合があります。

外側の形と内部の開口部が異なることもあるためです。

現地では、形だけでなく、狭間がどの方向を向き、どの場所を守っているかを見てみましょう。

石落

石落いしおとしは、外壁から張り出し、建物の真下を監視・攻撃するための設備です。

名前から、石だけを落とす設備と思われがちですが、真下の敵に対してさまざまな方法で攻撃するための開口部と考える方がよいでしょう。

入口、通路、石垣の際など、敵が近づきやすい場所を守る位置に設けられることがあります。

現地では、張り出した部分の真下に何があるのかを確認してみてください。

廻縁と高欄

廻縁まわりえんとは、建物の外側を巡る縁側状の部分です。

高欄こうらんは、廻縁などに設けられた手すり状の部分を指します。

最上階に廻縁と高欄を設けた天守もありますが、すべてが実際に歩ける構造とは限りません。

外観を整えるために形式的に設けられたものや、後世の再建時に追加されたものもあります。

しゃちは、屋根の上に置かれた、魚の体と虎のような頭を持つ想像上の生き物をかたどった装飾です。

水に関係する生き物として、防火への願いが込められたと説明されます。

金色の鯱が有名ですが、瓦製や金属製など、素材や色、大きさは城によって異なります。

天守を撮影するときは、屋根の両端に置かれた鯱が切れないように構図を調整しましょう。

天守台と石垣

天守を見るときは、建物の下にある天守台も含めて見てみましょう。

天守台の高さや勾配によって、天守の見え方は大きく変わります。

高い石垣の上に小規模な天守が建っている城もあれば、広い天守台の一部に建物が配置されている城もあります。

天守台や石垣を築く工事は普請、その上に柱、梁、屋根、壁を組み上げて天守を建てる工事は作事と呼ばれます。

部位 主な特徴 現地での見方
破風 屋根に変化をつける部分 種類と配置を見る
狭間 弓や鉄砲を使う開口部 形と向きを見る
石落 下方を守る張り出し 真下に何があるかを見る
廻縁 建物を巡る縁側状の部分 実際に歩ける構造かを見る
高欄 廻縁などに設けられる手すり 形と装飾を見る
屋根上に置かれる装飾 形、素材、大きさを見る
天守台 天守を支える基壇 高さ、勾配、入口を見る

天守の破風・鯱・廻縁・高欄・下見板張・白漆喰など、外壁と屋根の各部名称を示した図

天守の内部はどこを見ると面白い?

天守へ入ると、展示物に目が向きやすくなります。

しかし、建物そのものにも多くの見どころがあります。

特に現存天守では、次の部分に注目してみましょう。

  • 太い柱や梁
  • 年月を重ねた床板
  • 急で狭い階段
  • 狭間や窓の内側
  • 階ごとの広さの変化
  • 外から見えにくい階
  • 地下階や石垣内部の空間
  • 天井裏や屋根を支える構造

天守は上階へ向かうほど床面積が小さくなる場合が多く、階段の位置や向きも階ごとに変わることがあります。

外から見た屋根の重なりと、内部の床がどの位置にあるのかを考えながら歩くと、建物の構造が見えやすくなります。

ここに注目

天守へ入ったら、展示物だけでなく、柱・梁・階段・窓にも注目してみてください。

特に現存天守では、外から見た屋根の重なりと、内部の床がどのようにつながっているのかを意識すると、建物の構造が見えやすくなります。

復元天守や復興天守では、展示室、階段、エレベーターなどによって内部が大きく整備されている場合があります。

内部撮影の可否や利用できる設備は城ごとに異なるため、現地の案内に従いましょう。

代表的なお城で天守の違いを見る

天守の違いは、用語だけを覚えるよりも、実際のお城を比較した方が理解しやすくなります。

ここでは、現存天守と復興天守から、外観や構造の違いがわかりやすい城を紹介します。

松本城|黒い外壁と複雑な天守群

松本城の天守

松本城は、江戸時代までに築かれた建物が残る現存天守です。

大天守と乾小天守が渡櫓でつながり、さらに辰巳附櫓と月見櫓が接続しています。

外観では、黒漆塗りの下見板張と白漆喰の組み合わせが目立ちます。

また、外からは五重、内部は六階であり、重と階の違いを観察しやすい天守です。

彦根城|小規模ながら破風が豊富

彦根城の天守

彦根城天守は、三重三階の現存天守です。

切妻破風、入母屋破風、唐破風など、さまざまな破風が組み合わされています。

正面、側面、背面で外観が大きく変わるため、天守を一周しながら見るのがおすすめです。

付櫓や多聞櫓とのつながりにも注目できます。

弘前城|見る方向で印象が変わる天守

弘前城の天守

弘前城の現在の天守は、1810年に再建された三重三階の現存天守です。

独立式の天守で、見る方向によって外観の印象が変わります。

東面と南面には破風などの装飾が多く、西面と北面は比較的簡素につくられています。

丸亀城|高い石垣と小規模な天守

丸亀城の天守

丸亀城天守は、1660年に完成したとされる現存天守です。

建物自体は比較的小規模ですが、高い石垣の上に建つことで、城下から存在感のある姿に見えます。

天守の大きさだけでなく、天守台や本丸石垣を含めて見る重要性がわかりやすい城です。

丸亀城の現存天守と高石垣を現地写真で紹介

松山城|天守と櫓・門をまとめて見る

松山城の天守

松山城の大天守は、三重三階・地下1階を持つ現存天守です。

大天守、小天守、櫓、渡櫓などがつながる連立式で、天守だけでなく本丸全体に複雑な動線がつくられています。

天守だけを切り取るのではなく、周囲の櫓や門を含めて見ることで、城全体の守りがわかりやすくなります。

小田原城|現在の役割も考えたい復興天守

小田原城の天守

小田原城の現在の天守は、1960年に再建された復興天守です。

江戸時代の模型や図面などを参考に外観が再現されましたが、展望施設として利用するため、最上階に廻縁と高欄が加えられています。

内部は、小田原城や後北条氏の歴史を紹介する展示施設です。

現在の天守が後北条氏の時代から残っているわけではありませんが、地域の歴史を伝える博物館・展望施設として重要な役割を担っています。

小田原城の歴史や現地の見どころは、こちらの記事で詳しく紹介しています。

天守を見るときのチェックリスト

天守を訪れたときは、次の項目を確認してみましょう。

  • 現存・復元・復興・模擬のどれにあたるか
  • いつ築かれ、いつ再建された建物か
  • 望楼型と層塔型のどちらとして説明されているか
  • 周囲に小天守・付櫓・渡櫓があるか
  • 外から何重に見えるか
  • 内部は何階あるか
  • 下見板張と白漆喰のどちらが目立つか
  • 複数の外壁仕上げを使い分けているか
  • どのような破風があるか
  • 狭間はどこを向いているか
  • 石落の真下に何があるか
  • 廻縁や高欄があるか
  • 鯱の形や大きさはどうか
  • 天守台の高さや石垣の勾配はどうか
  • 天守の入口はどこにあるか
  • 内部の柱、梁、階段はどのような構造か
  • 最上階からどの方向を見渡せるか
  • 本丸や周囲の曲輪とどのようにつながっているか
  • 天守がない場合、天守台や礎石が残っているか

🏯 現地で見るポイント

天守を見るときは、建物だけを大きく撮影して終わるのではなく、天守台・本丸・門・周囲の櫓まで含めて見てみてください。

天守へたどり着くまでの道や、天守が本丸のどの位置に置かれているのかを見ると、城全体の中での役割がわかりやすくなります。

外観では、屋根の重なり方、下層と上層の形、周囲の櫓とのつながりにも注目しましょう。

望楼型・層塔型や、独立式・連結式などの違いが、少しずつ見えてきます。

天守を見るときに注目したい、屋根の重なり・周囲の櫓とのつながり・外壁・破風と狭間・天守台と本丸の5つのポイントをまとめたチェックリスト図

天守と縄張・普請・作事の関係

天守は、建物だけで独立して存在するものではありません。

天守をどこに置き、その周囲をどのように守るかは、城全体の計画と深く関係しています。

縄張

縄張とは、本丸、二の丸、門、堀などをどのように配置するかを計画することです。

天守を本丸のどの位置に置くのか。

門から天守まで、どのような道を通らせるのか。

周囲の櫓や石垣と、どのように連携させるのか。

こうした城全体の配置を考えるのが縄張です。

普請

普請とは、土地を削ったり盛ったりして、堀、土塁、石垣などを築く工事です。

天守を支える天守台や石垣を築く工事も、普請に含まれます。

作事

作事とは、柱、梁、屋根、壁などを組み上げ、建物を建てる工事です。

天守は、城の作事を代表する建築物のひとつです。

つまり、

縄張で天守の位置を決め、普請で天守台を築き、作事で天守を建てる

と考えると、三つの違いがわかりやすくなります。

まとめ

天守とは、主に本丸など城の中枢部に築かれた高層建築です。

城主の権威を示す象徴であるとともに、見張り、防御、武器や物資の保管など、複数の役割を持っていました。

ただし、城主が普段生活していた場所とは限りません。

また、すべてのお城に天守があったわけでもありません。

天守がない城にも、曲輪、堀、土塁、虎口、石垣など、城の構造を伝える多くの見どころがあります。

天守を見るときは、次の点に注目してみましょう。

  • 望楼型と層塔型のどちらとして説明されているか
  • 独立式、複合式、連結式、連立式のどれにあたるか
  • 外から見える重数と、内部の階数
  • 下見板張や白漆喰などの外壁
  • 破風、狭間、石落、廻縁、高欄、鯱
  • 現存、復元、復興、模擬の違い
  • 天守台や本丸、門、櫓との位置関係

天守だけを単独で見るのではなく、天守へ至る道や周囲の建物まで見ることで、城全体の仕組みがわかりやすくなります。

お城を訪れたときは、天守の大きさだけでなく、城ごとに異なる形や構造を見比べてみてください。

城主の生活、政治、家臣との対面、公式な儀式などを支えた建物が御殿です。

天守が城内外から目立つ象徴的な建物であるのに対し、御殿には大広間や書院、上段の間、奥向き、台所など、用途の異なる空間が設けられていました。

天守と御殿の違いや、御殿内部の見どころを詳しく見る

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